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海の向こうから伝わる、名将の存在意義

海の向こうで「名将」の復帰が決まった。

米大リーグ、ホワイトソックスの来季の新監督にトニー・ラルーサ氏が就任する。76歳という、史上2番目の高齢での復帰となり、ホワイトソックスには35年振りの「帰還」だ。過去、アスレチックスやカージナルスを率いワールドシリーズを3度制覇しており、2014年には野球殿堂入りも果たしている。

普段、MLBを真剣に観ることはない自分にとっても、興味深いニュースだ。監督復帰も10年振り、且つこれほどの高齢での再就任は、最近の日本でも例がない。もちろん、プレーオフ敗退に終わった今季の雪辱を果たすべくその手腕を買われたわけであり、同球団で通算511勝という実績を残している「レジェンド」が指揮を執る新シーズンが今から楽しみでならない。

日本シリーズ前ではあるが、すでにNPBでも来季の監督人事が話題となり始めている。DeNAのアレックスラミレス監督が今季限りで退団が発表された。2021年は球団OBでもある三浦大輔氏が有力視されている。ここ最近、国内球団はOBの復帰のケースが頻繁にみられるようになったのは気のせいだろうか。現在、10球団が選手時代よりそのチームでの「顔」でもあった人物が指揮を執っている。ちなみに、最高齢が巨人の原辰徳監督、西武の辻発彦監督の62才だ。ともに、日本球界ではすでに複数回の優勝歴もあり、監督としてのキャリア・実績は充分だが、やはり米大リーグの重鎮と比べると、まだまだ「若僧」と呼ばれる年齢だ。

球団OBが率いることが多くなった日本のプロ野球ではあるが、果たして、チームを勝たせるという最大の目的のために最善の選択なのだろうか。ファンからの支持やチームカラーの継承など、様々な理由があるにせよ、チームを率いる最高位に求められるものは、やはり監督としての力量だ。かつては、他球団で実績を残したコーチや指揮官を招聘させるケースも少なくなかった。個人的には1989年オフ、それまで巨人2軍監督として指導力が知られていた須藤豊氏を、Bクラスの常連だった大洋ホエールズ(当時)が「強奪」(のように感じられた)したことを覚えている。そして翌1990年、大洋は3位というAクラス入りという結果を手にしている。

他にも、球団外部から有力な指導者を引っ張ってくることで、成績のみならず、チームの方向性等が変わったケースは多い。球団のスター選手だった人間を、監督としても育てたいという理由も理解できるが、手っ取り早くチームを勝たせるには、外様でも名将を連れてくることだろう。ホワイトソックスはまさに、チームを勝たせる最短距離の方法を取ったのだ。

FAなどもあり、資金力の違いでチームの優劣がはっきりとしつつある、現代のプロ野球。特に、両リーグとも、今季もその傾向が強く感じられた。今シーズンオフ、さらに監督人事は大きな動きをみせるかもしれない。球団のOBに拘らず、戦力が強大でなくとも、独自の采配でチームを勝たせるような名将の就任が、再び日本でもみられることを願いたい。(佐藤文孝)

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エース対決、先発マウンドを守り抜く醍醐味。

10月29日、甲子園での阪神対中日戦。今季のセ・リーグ先発投手の中でも、実力最上位に位置する二人の投げ合いが、シーズン終盤に繰り広げられた。タイガース先発は西勇輝、ドラゴンズ先発は「完封男」大野雄大。

共に、防御率トップを争う二人であり、いわずもがなの両チームのエースだ。さらに、試合前の時点では両投手の勝ち星が10勝で並んでいることなどからも、見どころの多い投手戦が期待された。

結果から記すと、阪神が3対1で勝利。先発の西は1失点で完投勝利、11勝目を手にしている。阪神打線もここ2試合で連続完封負けを喫している大野を初回から捕らえ得点を奪うなど、本拠で意地をみせた。大野は3失点、6回でマウンドを降り、継続していた連続無失点も45イニングで途切れている。

苦手としていた大野を阪神打線が打ち崩したことで、期待されていたエース同士による息詰まる投げ合いとまでは行かなかったかもしれない。それでも、この日の両投手が、同じ日のマウンドで先発したことは非常に意味があるように感じられた。

今シーズン、ここまでの規定投球回到達者はセ・パ合わせて僅か13人。シーズン終了までに、両リーグとも一桁人数となることがほぼ決定的となっている(西、大野は既に規定回数をクリアしている)。反面、リリーフ投手の役割が細分化され、「オープナー」や「ブルペンデー」といった投手起用が当たり前の様に行われている。もはや先発した投手が完投で投げ抜き、試合を終える機会は希少となってしまった。「肩は消耗品」との言い伝えもあり、投手の選手寿命を延ばすには適していると言われるも、やはり、それぞれ先発投手のスケールがどこか、小さくなってしまった感は否めない。

この日の西と大野の個人タイトルを争うエース二人による直接対決は、両者の一歩も譲らないという気迫が、前日の予告先発の段階から伝わっていたと言ったら大袈裟だろうか。何より、投手の起用法が多様化してきた昨今のプロ野球界では、貴重ともとれる「完投型」二人による先発マウンド。その姿、一挙手一投足にどうしても視線が惹きつけられてしまう。

巨人のマジックは残りわずかとなり、タイガース、ドラゴンズとも、来季からの巻き返しに視線は向けられているかもしれない。それでも、西、大野による投手タイトル争いは今シーズンの最終戦まで熾烈を極めるだろう。残された試合の中でも、エースとしての意地、さらにはプロとしての誇りをみせ続けてくれることを予感させるに充分な、西、大野両投手のこの日のマウンド姿だった。(佐藤文孝)

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10・28 27年前の記憶

10・28。

この数字を見て、何かを思い出す人間は、少なくないだろう。

27年前の10月28日、この日は日本のスポーツ界にとって忘れることの出来ない日となったことで、人々の記憶に刻まれている。ただ、単純な数字ではなく、別の表現で憶えられることとなり、日にちで記憶をしている人はそれほど多くないのかもしれない。

1993年10月28日。ドーハの悲劇が起きた日である。

日本サッカー界にとってワールドカップ出場が「悲願」であったこの頃、初出場を果たすべく、アメリカW杯最終予選を戦っていた。そして、勝てば初出場が決まる状況を迎え、最後のイラク戦を迎えたのが10月28日だった。

前々日の10月26日には宿敵、韓国を1対0で打ち破り、グループ首位に躍り出ていた。日本代表メンバーには三浦知良、ラモス瑠偉、中山雅史を中心とした攻撃陣、さらには柱谷哲司、井原正巳、森保一等のDF陣が名を連ね、まさに悲願達成に向け邁進していた。

「W杯予選は戦争」と言われていた時代であり、深夜にかけ、外国での試合がTV中継されたこともあり、独特の雰囲気が伝わってきていた。ピッチに立つ選手たちは、この年に産声を上げたJリーグのスター選手ばかりであったが、この最終予選5試合を戦っている最中の表情は、まさに線上に立つ兵士そのもの、華やかなプロリーグの看板プレイヤーの顔は何処にも感じられない程、緊張感と緊迫感で覆われていたことを憶えている。

最終、イラク戦の終盤、2対1とリードしていた最中。後に知ったエピソードで現地にいた記者の中の一人が、「W杯って、こんなに簡単に出場できるのかよ」と期待とも、不安ともとれる言葉を発したという。

もちろん、テレビだけで見ていた自分が聞いたわけではないのだが、同じような感想を、試合中に感じた自分が居た。

後半、ラモスのラストパスを中山雅史が倒れこみながらシュートし、勝ち越しのゴールを奪い、残りの時間を凌いでいた最終盤。日本の劣勢が続く中、眠りそうになりながらテレビ画面を見つめこんな思いが頭の中を過っていた。「結局、最後はハッピーエンドなのか」。

その後、ロスタイムでコーナーキックから日本のゴールにボールが吸い込まれた瞬間、自分のほとんど閉じかけていた両瞼はぱっくりと開くことになり、横になっていた上半身は一瞬で起き上がることとなった。こんなことが起きるのか、起きてしまうのか。どこがハッピーエンドなんだ、最悪の終わり方でしかないじゃないか。ロスタイム前までの、自分の考えが大きな間違いであったと気づいたとき、全ては終わってしまっていた。

その後、ブラウン管の中では、自国リーグを彩っていた華やかな英雄たちがグラウンドに倒れこみ、うつろな表情を浮かべていた。1993年10月28日。この日、日本サッカーは本当に全てが終わってしまった日となった。(佐藤文孝)

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久保建英を観る醍醐味、途上を追う至福

久保建英が今季初、スペインリーグ公式戦で先発出場を果たした。9月12日の開幕戦より、リーグ戦では6試合連続で後半からの出場、第七節にしてようやく試合開始をピッチ上で迎えた。

10月22日に行われた欧州リーグ(EL)初戦でフル出場し、1得点2アシストを挙げ5対3での勝利に貢献したこともあり、リーガでの先発のポジションを手にした格好だ。もちろん、それ以前からも、途中出場ながら攻撃面では久保が相手の脅威になる場面は少なくなかった。それでも、チーム首脳陣からは守備面のさらなる貢献が求められており、新天地では途中出場が続いていた。

リーグ戦7試合目にして初めてスタメンに名を連ねたことが、クラブからの信頼を勝ち取った証かどうかは定かではない。実際、スコアレスドローに終わったカディスFCとのゲームでは決定的な場面の演出までには至らず、敵陣では相手DFからの圧力に手こずる場面もみられた。また、両チーム、計9回の交代が行われた中で、後半17分、最初に交代でピッチを離れたのがビジャレアルの背番号16だったという結果も、彼の現段階での立ち位置を表している気がしてならない。

だが、日本人ファンにとって、クラブ内での微妙な立場にいる久保を見守り、後押しする声援を送ることが何よりも楽しいことは、誰もが感じている。スペインリーグで上位につける名門で若き日本人プレーヤーがポジションを掴むまでのストーリーを目の当たりにしているのだ。やはり、「追っかけ」の魅力はどの世界にも存在する。本格的なリーガ参戦はまだ日が浅くとも、カンテラからの久保を振り返ると、Jリーグを経て、再びスペインに渡ったシチュエーションはサッカーファンにとっても一選手を追いかける醍醐味を大いに感じている最中だと言える。

日本の国内リーグであるJリーグで繰り広げられる数々のゲームの激しさ、そして楽しさは、日本人サポーターとしても世界に胸を張ってもいいレベルだろう。だが、それとは別に、海外での日本人選手の躍動する姿も、どの時代においても関心が惹かれる対象であることも事実だ。欧州トップリーグで戦う19歳であるならば尚更だ。クラブレベルもステップアップの階段を昇り続けており、2020シーズンはタイトル獲得のための戦力として、ビリャレアルのユニフォームを纏っている。

久保の次なる戦いは、木曜日のEL、そして来月2日のリーガ、バリャドリッド戦と続く。今なお、スタメン当落線上であることに変わりはない久保にとって厳しいポジション争いが続くだろう。だが、異国で戦い、上を目指し続ける日本人プレーヤーを見守る我々は、それこそが極上の瞬間であることを知っている。(佐藤文孝)

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ボーア登録抹消、伝統球団の終焉か

阪神タイガースのジャスティン・ボーアが今月22日、一軍登録を抹消された。ここまで99試合に出場し打率は.243、17本塁打、45打点を記録していた。開幕から主軸として期待されながら思うような結果が残せず、それでも好調時には目の覚めるような飛距離のスタンド越えも放っていただけに、来日初、シーズン終盤での2軍降格は複雑な思いを抱かざるを得ない。

今季は巨人との開幕戦から4番を任されながら、徹底的なマークで、オープニングの3連戦は無安打に終わっている。首脳陣も来日当初から打線の核としての構想を明らかにしていたものの、3戦目には早くも打順を6番に下げるなど、先行きを暗示するかのような起用法がみられていた。「バースの再来」との声も多く、虎党のみならず球界全体からの注目度もスバ抜けていた。

シーズン序盤から左投手への対応に苦しんだほか、慎重なほどにボールを見極めるシーンが頻繁にみられ、開幕当初は一度もバットを振ることなく三振に終わる打席も。ファンが描いた「一発長打」を武器とする助っ人らしからぬ、積極性の無さもボーアの特徴として、日本のファンに印象付けられた様に思えてならない。

だが、無念とも言える感情が向けられるべき矛先は、ボーア本人だけでは、ない。

今季、阪神首脳陣はボーアありき、「大黒柱」として打線を組むことが公に伝えられていたこともあって、「助っ人」以上の働きを求められていた。来日1年目の外国人、とくに日本でも突出した歴史と人気を誇る球団では、如何に元メジャー選手と言えど、その重圧は測り知れない(ボーアのみならず、マルテ、サンズの二人も成績は低迷、敗戦の責任を必要以上に押し付けられているようにも感じられる)。阪神球団特有とも言える、外国人依存の犠牲になったことも、不調の要因の一つに挙げられる。

そして、この登録抹消とともに聞こえてきた退団報道にも小さくない憤りを覚えてしまう。もし真実だとするならば、果たしてこの伝統球団はどれだけ同じことを繰り返すのだろうか。

ボーアの一軍再登録が可能になるのは、来月1日以降。

セ・リーグの大勢はほぼ決まったことで、ペナントレースの全日程を消化した時点で、タイガースの今季は終了となる。願わくは、もう一度、ジャスティン・ボーアが一軍の打席に立ち、多くの人々の度肝を抜くようなバッティングを披露することを。そして、チームの劇的な勝利に貢献し、タイガースの「救世主」としてファンの声援に包まれ、永遠に記憶に刻み付けられることを。(佐藤文孝)

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サッカー日本代表再始動によぎる不安

 今月、およそ1年ぶりにサッカー日本代表の国際試合が行われた。9日にカメルーン代表、13日にはコートジボアール代表という2試合がオランダ・ユトレヒトで開催され、来月にはオーストリアの地でパナマ代表、メキシコ代表とのゲームが決定している。

 先日の2試合の結果からは、共に無失点で終えたこともあり、海外組のみで構成されたチームにおいて日本の守備能力の高さが評価された内容と捉えられている。特に吉田麻也、冨安健洋の両センターバックの能力の高さが際立っていたとも言われている。また、アフリカ勢を相手に無失点はもちろん、終始、危険な場面を作らせなかったことも、これまでには見られなかった展開だという声も、各方面から聞こえている。

ただし、我々はまだ、何かを手にしたわけではない。

現状も日本代表は常に「挑戦者」であることを自覚しておく必要があるだろう。

 2大会ぶりの頂点を奪いに行った昨年のアジアカップでは決勝でカタール代表に熟成度の違いを見せつけられ、完敗を喫している。敵地でウルグアイに引き分けるなど、収穫の多かったようにもとれる南米選手権でも、結局は勝ち点3を手にすることは出来なかった。さらには五輪世代においても、今年1月のアジア選手権、無残にもグループリーグ敗退という結末だったことを忘れてはならない。

 目先の試合結果だけで一喜一憂する時代はとうに過ぎており、日本代表としての課題や目指すべきものをもう一度、認識させる必要があるだろう。

 今回の遠征での好結果は国外のピッチで、メンバーも海外組のみで構成された中で得たものだった。世界の情勢など、特別な事情の中での今回のシチュエーションではあるが、いずれまたJリーグ所属選手の選出、もちろん国内での代表戦の開催される時期が来る。その時に、今回のようなクオリティを作り出し、維持していくことが重要なことの一つではないだろうか。昨年の11月、広島でのU22日本代表対コロンビア代表戦では久保建英、堂安律らが招集されたものの、国内組との連携がもう一つだったことなども、改めて参考にしていく姿勢が求められる。

 来月の代表戦も含め、海外開催、海外組のみという試合はもうしばらく観られることになるはずだ。ともすれば選手のコンディションなどを踏まえても今回のような内容・結果が繰り返されるかもしれない。それでも、その結果が全てであるはずもなく、今季、異次元の強さをみせている川崎フロンターレ勢等国内組の選手選考、それによるメンバー構成なども常に視野に入れておかなければならない。

 気になるのは森保一監督以下スタッフが、再び、国内外の選手が同時にピッチに立った時に相手を圧倒できる内容のシミュレーションをどれだけ、出来ているだろうか。当然のことではあるが、スキルの高さが求められるのはフィールドでプレーを繰り広げる選手たちだけではない。(佐藤文孝)

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日本シリーズ・プロ野球最強決定戦とは

10月21日、ソフトバンクホークスが日本ハムファイターズに勝利し、10連勝を記録した。そして、この勝利により2位千葉ロッテとのゲーム差を7・5にまで広げろとともに優勝へのマジックナンバー「8」が点灯した。セ・リーグも首位を独走する巨人がマジックを「7」としており、両チームとも優勝がいよいよ現実味を帯びてきた。

そして、今季はリーグ優勝「後」の展開も例年とは違いがみられそうなのだ。特にセに関してはクライマックスシリーズ(CS)が開催されないこととなっていて、ペナント制覇で、そのまま日本シリーズ出場決定となる。「本番」のペナントレースと「決戦」である日本シリーズ。この二つの戦いの間に行われてきたミニ・トーナメントでの出場決定戦、それがCSなのだが、今季はコロナ禍による日程変更により、セ、パ・リーグも上位2チームのみで開催されることとなる。

シーズン終盤の盛り上がりを維持し、消化試合を減らすことを主な目的として、導入されたCSは現在まで未だに賛否が語られ続けている。特に問題視されているのが優勝チームがシリーズへの出場が成されないことが起こり得る事態であり、昨年までシリーズ連覇のソフトバンクも、シーズンでは何れも2位に終わっている。また、過去にはリーグ3位チームが「日本一」に登り詰めた年もあり、シーズンの重要性とシリーズの勝敗が、CSによりいびつな形となって表れることもしばしば。「不要論」は今なお、根強く語られてもいる。

プロ野球における日本選手権、日本シリーズとはそのシーズンにおいて、最も強いもの同士による最強決定戦でなければならないという思いのファンは決して少なくないはずだ。寧ろ、CS勝者がシーズン優勝チームとして扱われるならば、そちらのほうが正しいような気がしてならない(2006年まではパ・リーグはプレーオフ制覇で優勝扱い。ペナントシリーズ1位は「1位通過」として記録されている)。無論、ペナント優勝チームがCSを勝ち抜くこともあるのだが、シリーズ前の短期決戦に想いを込めて声援を送ることは、どこか不自然さを感じてしまう。

セのみとはいえ実に2006年シーズン以来となる、CSの無いシーズン。このまま、順調に原ジャイアンツが残りのシーズンを勝ち進み、ペナントレースを制した時その瞬間、我々はかつて当たり前のように抱いて来ていた「優勝の重み」を感じられることを期待してしまう。そして、その瞬間を心待ちにしてしまうこと、さらにはそれが来年以降も続いてくれることを願ってしまうのは、時代に沿わないファンとして自覚しなければならないのだろうか。(佐藤文孝)

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引退・岩隈久志と日本代表

「先発・岩隈」

シーズンも終盤に差し掛かった9月下旬、巨人の原辰徳監督が突然、その言葉を発した。

ゲームに敗れ、ローテーションの谷間を迎える次戦の先発を聞かれた際、巨人入団以降、一軍登板の無い「大物」の名前を口にしたのだ。無論、調整中の岩隈登板の予定はなく、ジョークと伝えられたものの今にして思えば、大きな意味が含まれていたと捉えられる。

2009年、原監督が指揮を執った第2回ワールドベースボールクラシック(WBC)で日本代表として共に戦ったことで縁が生まれ、2018年オフに巨人入団を果たしている。

岩隈久志の今シーズン限りでの引退を発表が伝えられた。39歳の右腕は、激動の時代を投げ抜いたといっても大げさではないだろう。

プロキャリアを歩み始めた当時の所属球団、近鉄バファローズの消滅(オリックスとの合併)、新設された楽天への移籍、メジャー挑戦といった軌跡はもはやプロ野球ファンならば誰もが脳裏に焼き付いている。

また、プロ選手により本格的に代表チームを組まれることとなったアテネ五輪、さらには2009年WBCにも主力として招集されている。原監督との出会いとなったWBCで先発の一角として優勝に貢献している。

2000年代初めからプロ選手としての成長を遂げ、通算170勝という実績をみても、日の丸を背負う機会がもっと多く与えられるべきだった投手だろう。特に、日本代表が金メダル獲得を目標に挑んだ2008年の北京五輪での代表落選は本人のみならず多くのファンにとっても残念な出来事となった。この年、21勝を挙げる等、投手タイトル独占、沢村賞にも選出されるなどキャリアハイの成績をおさめ、抜群の安定感を誇っていた。当の代表チームは北京での戦いにおいて、投手陣の柱が最後まで不明確で敗れただけに、大会後、どれほどの「もし」を想像したことか。翌年のWBCでは原監督により代表ユニフォームを着ることになるのだが、ここではまさに日本代表の大黒柱としての活躍をみせている。

その後もWBCにおいて、国内組だけで編成されることとなった2013年、前年に16勝を挙げていた2017年と、様々な制約から招集されることはなかったが、代表入りが実現していたならば間違いなく主力としてマウンドに登っていただろう。それほどまでに息の長いプレーヤーという印象も強かった。

投球中のクールな表情とは反対に、日米で、さらには国際試合でも大きすぎる存在感を発揮した、歴史に名を刻んだ大投手だった。それにしても、原監督との縁となった「代表繋がり」という関係は、プロ野球界で今後もみられるのだろうか。(佐藤文孝)

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熱戦の記憶、スポーツの魅力。

 昨年の10月、日本国内ではラグビーW杯が開催されていた。ラグビーファンは大会開幕から、また、大会途中より「にわか」と呼ばれる人々も選手の一挙手一投足に興奮し、スタンドからグラウンドへ、さらにはテレビ画面の向こうへと意識を傾け続けた。初のベスト8進出を成し遂げた日本代表の躍進、優勝国・南アフリカやイングランド、フランスなど強豪国から伝わる迫力は人々を狂喜させるほどであり、ウルグアイやサモアなど中堅国がみせるひたむきさは多くの日本人の胸を打った。

 大会途中、台風19号の日本列島直撃により、10月12日、13日に開催予定だった予選プール3試合が中止という異例の事態に。また、日本代表にとってベスト8進出を賭けた「決戦」となった、対スコットランド戦も直前まで開催が危ぶまれる等、台風という自然災害が多くの被害をもたらしたことも、強く記憶される大会となった(12日の横浜国際競技場でのフランス対イングランド戦は筆者自身もチケットを持っていた…)。

 大会から1年が経過した今日、各種スポーツメディアでは当時を振り返る特集などが多く組まれ、テレビの衛星放送でもラグビーW杯2019のゲームの放送が行われている。スポーツ好きにとって、眩い記憶がよみがえるとともに、体中の細胞が興奮と共に再び、活性化する秋を迎えている。

 実際のグラウンド上では現在、日本国内では10月から大学ラグビーが開幕、関東・関西・九州で既に熱戦が繰り広げられている。来年1月12日の全国選手権決勝へ向けて、学生ラガーマンの激しい凌ぎあいが続いていく。また、トップリーグは2021年1月16日に開幕を迎える。今年の2月、公式戦が中止となって以降、ファンは国内最高峰リーグの開催を心待ちにしてきた。秋を迎え、冬の訪れとともにいよいよ本格的な「ラグビーの季節」が到来だ。

 冬の球技といえば、バスケットボールもこの秋より、男女各種リーグ戦が開幕となっている。今年の春、こちらも新型コロナウイルス感染拡大の影響により中断、再開が繰り返され、結局、シーズン途中での中止となったBリーグも現在は第3節まで消化している。今シーズンの戦いはリーグ戦の行方と共に、延期となった東京五輪へ向けて、日本代表入りを狙う選手たちのコート内での戦いや表情にも注目していきたい。

 プロ野球、Jリーグなどはもうすぐシーズン最終盤となる中で、入れ替わるようにラグビーやバスケットボールといった冬の球技スポーツの熱気が立ち上る季節となる。コロナ禍によりまだまだ人々の生活が制限されている中ではあるものの、多くの魅力あふれるスポーツの力に触れることで、心の健康を保てると感じるのは決して自分だけではないはずだ。(佐藤文孝)

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綱の誇り、土俵の現実

 来月、東京・両国国技館の土俵上に横綱の姿はみられるのだろうか。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で3月の春場所より禁止されていた出稽古が今月に入り、解禁となった。来月の本場所に向け、16日より希望者を対象とした合同稽古が両国国技館内の相撲教習所で行われている。16日の初日には横綱・白鵬や新大関・正代、大関・貴景勝ら、19人の力士が参加している。

 稽古の様子を報じる中で、一枚の写真が目に留まった。横綱・白鵬が、先場所後に大関に昇進した正代に胸を出し、讃えて笑顔を浮かべている。

 横綱として、正代に稽古をつけており、写真を見る限りでも「格上・格下」という両者の番付上の関係性が嫌でも感じ取れる。「勢いがあるからこっちも勢いをもらわないと」と、新大関へのコメントも、どこか余裕も含まれているかのようだ。

 ただし、土俵上での星取を数場所、遡り振り返ってみると、決してその地位が盤石でないことは明らかだ。ここ2年間、横綱として優勝4度を記録しているものの、7場所で休場(全休3場所)している。これについては横綱審議委員をはじめ、ファンからも厳しい声が挙がっている。もう一人の横綱、鶴竜とともに「現役力士」としての姿勢が問われるまでになり、反対に白鵬がその声に反論するなど、もはや泥仕合の様相にまで発展してきている。

 新型ウイルス感染が日本国内でも猛威を振るい始めた3月、無観客開催など異様な雰囲気の中で行われた大阪場所を制し、改めて精神力の強靭さを感じさせるなど、土俵上では周囲を納得させる相撲を披露していることは確かだ。ただ、1年の半分の場所を休場する横綱では、その強さも説得力を失つつある。また、ここにきて多くの若手の台頭がみられており、確実に土俵上の顔触れ、そして風景は変わり続けている。「壁」となれないまま最高位に固執し続ける様には、ファンの視線は冷ややかに向けられる。

 8月に手術した右ひざについては「間に合ったという感じ」と語っており、両国国技館で行われる11月場所への出場への期待も高まる中、「怪我からの復帰後は結果を残している」と強気の言葉も。今年最後の場所への出場を決意するのならば、その言葉通り、さらには最高位の責任を果たすべく、土俵上で結果を残さなければならないことは言うまでもない。さらには、横綱の使命の重さは自身の口から発せられた言葉も同様だ。

 無論、かつて語っていた「東京五輪まではやりますよ」などという、自身の進退について軽々しく口にすることはないように願いたい。(佐藤文孝)