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一年の最後に今宮さんのコラムを

今年初め、新年を迎えて数日後、今宮純さんのニュースが伝えられた。

モータースポーツのファンであれば、その名を知らぬ者はいない程、多くの人に広く知れ渡った存在だった。かつてのモータースポーツファンだった自分も、十代の頃はテレビでの解説を聞くだけでなく、著書など、活字からも今宮さんから発信される情報に引き寄せられていた。

テレビ画面の中の今宮さんは、そのやわらかい語り口で、正確な解説を行い続けた。爆音とともに繰り広げられるフォーミュラレースの映像とは対照的に、冷静さを保ちつづけようとする立ち居振る舞いは、話題の正確さを際立たせている様だった。特に興味深かったのが、シーズン中はほぼ2週間に一度開催されるグランプリの中継において、毎回、違う実況アナウンサーと組む中で、今宮さんとのやり取りがスムーズに行われていたことだ。

個性的な実況者たちに対し、常に同じ姿勢で会話を成立させており、初登場の若手アナウンサーと組んだ時は、聞き手、語り手の枠を超え、会話をリードする一面などもみられ、コミュニケーションの基本を学んだような気がしたものだった。

1989年のポルトガルグランプリ、1994年のサンマリノグランプリをはじめ、予想を超えたアクシデントの際はその冷静さとは裏腹に、感情を昂らせるシーンも全国のファンに伝わった。様々な声もあったようだが、一人の人間がしゃべり続ける以上、多くの「顔」がみられるのは当たり前のことであり、自然の流れだった。デビューからのお気に入りだったジャンアレジが快走を見せた1990年アメリカグランプリでのテンションの高さは今でも、耳に、心に焼き付いている(それ故、アレジ初優勝時に、F1から離れていたことが心残りでもある)。

F1グランプリ中継の「顔」とも呼べた今宮さんだったが、1年だけ全日本F3000の解説を務めたのが1995年。初回放送を観たが、実況、解説の掛け合いはまるで、F1中継時のやり取りそのもの、声の存在感は絶大なものだった。反面、今宮さん不在となったF1中継、フジテレビ実況解説陣は大きく姿形を変えたことで、多くの声が寄せられていたことも覚えている。「主役」がおらずまるで、別ジャンルのイベントにさえ感じられてしまった。

モータースポーツ界も異例のシーズンとなった2020年がもうすぐ暮れてゆく。先日には角田裕毅の来季のF1参戦が正式に発表された。グランプリに7年ぶりの日本人ドライバーが走ることに大きな期待が高まる。

毎年、年末のスポーツ誌のコラムには最後に「来年も宜しく」という一文で、締められていた。昨年も同様であり、その文章を目にした数日後に今宮さんのニュースを聞いている。

もし今年も年内最後のコラムが発表されていたならば、今宮さんならどんな内容を綴ったか、しばらく想像してしまっている。(佐藤文孝)

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