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チケットを求めて。2008年、真夏の北京(中編)

メインスタジアム、北京国家体育場は、「近寄ることも有料」と、宿の女主人から聞いていた。大会の目玉の一つでもあった『鳥の巣』を目の当たりにすることはあきらめ、野球競技観戦へ照準を絞る。

宿では、日本人男性二人と同部屋となり、それぞれと五輪への想いなどを話した。年下の大学生の男性は既にサッカー日本代表のチケットを入手したと聞いた。自分も野球を観たいと伝えると、学生さんも野球好きらしく、しばらく野球談議に花が咲いた。もう一人の男性は、自身も水泳選手で鳴らしており、競泳を観に行くとのこと。自身がデザインしたという水泳キャップをプレゼントしてくれた。五輪とは別に、旅先での出会いを楽しんだひと時となる。

この2008年のオリンピックでは、いくつもの波乱が起きていた。日本を発つ直前、女子柔道競技では、大本命だった谷亮子が準決勝で敗れ、3大会連続での金メダル獲得はならなかった。また、中国陸上界最大のスーパースターであり、400mハードル世界王者だった劉翔は怪我を押しての出場だったが、スタートラインに立つも、そのまま棄権という信じられない結末を迎える。後から知ったが、劉翔が棄権した翌日には、その姿が載っている看板を街中から一つ残らず、全て取り外したのだという。現地滞在中の話だったが、そんな出来事にはまるで気付くことはなかった。

滞在3日目、いよいよ、チケット獲得へと動き出す。

お昼頃、バスを乗り継ぎ、野球会場である五課松球技場へと辿り着くと、女主人のレクチャー通りに事を進める。ノートの半紙を貼り合わせ、そこにサインペンで「我欲棒球、券」だったか、観戦チケットを求める旨のメッセージを書き、胸の高さに掲げ、会場への通路の脇に立ってみた。思っていた以上に多くの人々の視線を浴びる。中には、目の前まで近寄られ、紙に書いてある文を読み上げ、立ち去る人もいた。8月の中国、北京の猛烈な暑さの中、五輪会場においてチケットを求め、様々な国の人間から視線を向けられるという、日本での日常生活ではまず味わうことのない、不思議な感覚に覆われていた。

すると、鮮やかな水色と白のデザインのシャツに身を包んだ、女性が近づいてきた。この滞在期間中、北京市内のいたるところで何度も目にしてきた服装、今大会のボランティアだった。

その時の状況は、誰がみても、その行為が正規ルートでのチケット購入ではないことは明らか。すぐに立ち去るよう、注意、警告を受けるのだと、容易に想像が出来た。もちろん、周囲を見渡すと、チケットの売買が行われている様子もちらほら見られ、一斉に取り締まりが始まったものと思ったのだった。万事休す、もはやこれまでかと、一気に緊張が高まった。(佐藤文孝)

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チケットを求めて。2008年、真夏の北京(前編)

夏に開催予定となっている東京五輪2020。それ以前に、同じアジアで行われた夏季五輪は2008年の北京。「Beigin 2008」が、自分にとって、初めて現地で観たオリンピックだった。

北京への航空券は6月頃に購入していたものの、競技の観戦チケットは持たずに、現地へと向かった。当初は、街中で感じるであろう大会の雰囲気を味わえるだけでも、と思いつつも、心のどこかで観戦への淡い期待も持ちつづけていた。

大会が開幕して間もなく、北京国際空港に降り立つ。巨大、という言葉でも足りない程の空港のバカでかさと、施設内のエレベーターから降りてくる係員の人数の多さに圧倒されながらも、バスターミナルへ向かい、宿泊先へ向かう。

バスと徒歩で目的地へと向かった。北京の一角にある、日本人と中国人との夫婦が経営するユースホステルで3泊するスケジュールとなっていて、無事に宿に辿り着く。日本人宿泊客の姿も多く、あちこちで日本語の会話が聞かれる中、宿の壁には日本語の張り紙が。「野球チケット 日本対アメリカ 〇〇〇円!」野球競技のチケットが入手出来るとのこと。宿の女主人からも、「チケットは現地でも購入出来ますよ」と、教えてもらった。購入ルートはともかく、競技観戦の可能性は、日本出国前より格段に膨らんだ。

この北京五輪では、自分の中で大会前より最も関心が高かったのが野球、「星野ジャパン」の戦いぶりだった。初めてプロ選手参加が認められたシドニー、長嶋茂雄監督に率いられオールプロで臨んだアテネと、何れも金メダルに届かず、2012年ロンドンでは野球競技が除外されることも決まっており、北京での金メダル獲得は至上命題となっていた。

また、指揮官である星野監督の「金メダル以外いらない」といったコメントや、エースとして位置づけられていたダルビッシュ有や、四番を任された新井貴浩等のプロ選手たちの顔触れも、多くの野球ファンの勝利への期待を高めていった。

ユースホステル内で見かけた野球チケットの張り紙は日程が合わず、さらに高額だった為、見送ることに。だが、「『チケット』と書いた紙を持ってスタジアムの周辺で立っているべし」と、観戦チケット入手の方法も、宿の女主人がレクチャーしてくれた。なるほど、よく映画なんかでみるあのポーズか。他にも、中国人の旦那さんからは「中国では野球人気は低いから、きっと手に入るでしょう」と励ましの言葉をかけられる。さらに、同じ宿泊客内の「ネットワーク」により、女子ソフトボールの試合チケットが手に入った。

初めて訪れた中国、北京市内の一晩1000円の安宿では目まぐるしく展開が進み、一気に五輪モードへと加速していく。野球日本代表の試合観戦が俄然、現実味を帯びた気がした。(佐藤文孝)

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西武ライオンズ、豪打復活への期待。

埼玉西武ライオンズは昨季、リーグ3連覇を目指すも開幕から低迷が続き、レギュラーシーズンを3位で終えた。雪辱を期す2021年は、打撃陣での「再生」がキーワードとなるだろう。

今や、新しい「球界の盟主」にまで登り詰めた福岡ソフトバンクホークスに対抗するためには、何よりも主軸の復活が求められる。昨年のチーム打率.238はリーグ5位と、一昨年までと比較して大きく迫力を欠いている。特に、主力打者の多くが不振に喘いだことが深刻だった。

「山賊打線」と呼ばれるほどの破壊力を示してきた打撃陣の中心を担っていた、山川穂高、同じくクリーンナップを構成するベテランの中村剛也が揃って、大きく成績を落としたことが響いたことは間違いない。

山川は昨年6月の開幕時こそ、持ち前の打棒を発揮したものの、夏から秋にかけて快音が聞かれなくなり、10月31日には右足首治療のため登録を抹消されている。そのまま、復帰することなくシーズンを終え、本塁打数24、73打点を挙げるも、打率はリーグ最下位の.205にとどまった。現在行われている春季キャンプでも、負傷の影響から主力組には入らずに調整を行っている。昨年10月以来の実戦となった阪神との練習試合では適時打を放つなど結果を残し「内容を高めていきたい」とコメント。今キャンプでは打撃フォームの変更も行い、今週中には主力組への合流も見込まれている。ペナント奪還のために不可欠な主砲の再起へ向け、シーズンを本格的に見据える段階に入った。

長年にわたりライオンズ「顔」のとして活躍を続け、今季20年目の中村への期待も絶大だ。一昨年は30本塁打を記録、123打点で打点王にも輝くなど、年齢を感じさせない力強さを披露するも、昨シーズンは死球による戦線離脱もあり、9本塁打、31打点と数字は急降下する。新たなシーズンへの意気込みを「キャリアハイを目指す」と語っており、シーズン中で38歳を迎えるも、通算424本塁打を誇る長打力は今なお健在、好調を維持すれば再び打線の主軸となれるはずだ。現在は左ふくらはぎ痛によるリハビリを続けており、月末の2軍キャンプ合流を目指す。

他球団を圧倒し、脅威となり続けてきた西武打線を象徴する存在である、山川、中村の復活なくして、ライオンズのリーグ制覇は考えられない。パ覇者のソフトバンクの強さに対抗するためには、もう一度チームカラーである豪打を取り戻し、打ち勝つ野球を続けていく必要がある。それにより、古くから伝わるライオンズ打線の「格」を後世に伝えることにも繋がっていくはずだ。

リーグを代表するスラッガー2人に率いられ、「令和の野武士軍団」は、今季、再び球界を席巻する。(佐藤文孝)

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10年振り復帰の千葉和彦。2021年アルビの「光」として。

今季より、アルビレックス新潟に一人のベテランが加入した。DF、背番号35の千葉和彦だ。名古屋グランパスより昨シーズンオフに移籍、実に10年ぶりの新潟復帰となる。

すでに、そのキャラクターでメディアに頻繁に取り上げられており、キャンプ中のチーム内でもムードメーカーとしての役割を全うしている様子。これまで、長年にわたっても某サッカー番組において、ピッチ外の表情やチームメイトとのコミュニケーションが、名物コーナーの中心として話題となっていたほどの、J屈指の「エンターテイナー」として知られている。

2005年夏に、前所属のオランダ2部FCドルトレヒトからアルビレックス新潟と契約すると、ボランチ、デフェンスラインで、存在感を示し続けた。今や、J1時代を知るだけでなく、かつての反町康治体制で戦った、最古参とも呼べる貴重なプレーヤーでもある。

また、大きな転機となったのは2011年に新潟のヘッドコーチを務めた現日本代表監督・森保一のサンフレッチェ広島の監督就任に伴い、千葉も広島へと移る。2012年シーズンは、3バックの一角としてレギュラーに定着、広島のJ1初優勝に貢献している。翌シーズン以降でも広島の優勝を主力として支え、日本代表にも選出される等、プレーヤーとしての絶頂期を迎える。因みに、千葉が抜けたアルビレックスは2012年、開幕からの不調が続き、シーズンを通して降格圏を彷徨う苦戦を強いられることに。最終節での「奇跡の残留」を果たすも、常にJ2降格が隣り合わせの戦いが続いた。

およそ5年半のアルビに「逆輸入」の形で活躍の場を求め、広島への移籍と共に、チームを3度リーグ制覇の強豪へと押し上げた。正直、新潟時代の千葉和彦というプレーヤーのピッチ上での動きがどれほど、サッカーというスポーツにおいて効果的なのかを見出すことが出来なかった。だが、当時独特ともとれた、広島の最後尾から組み立てるパスサッカーで、流れるようなボール回しを行う11人の中の1人となることで、判断力、ボールさばきが際立っているのが強く感じられた。

広島で6シーズン、その後、名古屋グランパスでの2シーズンを経て、2021年、再びアルビレックス新潟のユニフォームを着る。年齢を重ね、ベテランと呼ばれる立ち位置となったものの、そのキャリアこそが現在の新潟に最も必要なピースだ。奇しくも、昨季より新潟はアルベルト体制のもと、細かくボールを繋ぐサッカーを構築している真っ只中だ。未だ途上ではあるが、豊富な経験を重ねてきた背番号35が加わる事で、一気にアルビが目指すサッカーの完成度が高まる気がしてならない。

昨年はネガティブな話題が多かった、アルビレックス新潟。10年ぶりに新潟の地に戻った、千葉和彦の放つ「光」が、クラブを進むべき方向へと導いてくれるはずだ。(佐藤文孝)

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レジェンドの足跡、木村和司と日本サッカー

某スポーツ紙で連載が行われている、木村和司のエッセイが面白い。

これまでの半生を本人の言葉で回想する内容だ。サッカー好きとして、中身の濃さもさることながら、文章の中で自身を「わし」と呼んでいることも、引き込まれる要因の一つだろうか。

日産横浜マリノスの背番号10。Jリーグ発足時には既にベテランとして知られ、それでも屈指の強豪クラブの主力という認識が強かった。他に、井原正巳、松永成立、水沼貴史、勝矢寿延等も名を連ねていて、ユニフォームのデザインも魅力的だったこともあり、テレビ中継(地上波!)ではマリノスのゲームを観ることが多かった気がする。

1985年国立での「伝説」のフリーキックは、リアルタイムでは触れてはいない。後のJリーグ発足、アメリカW杯最終予選で盛り上がっていく中で、「過去のもの」としてVTR等で知る。チア・ホーンが鳴らされる中、右足でゴールに蹴り込んでいた映像は、ことあるごとに、繰り返し流されていた。そして、その試合の後半には、木村が蹴ったコーナーキックからの加藤久のバックヘッドが、僅かにゴールをとらえきれず、同点のチャンスを逃していたことも知る。Jリーグ世代には、木村の全盛期のプレーは、過去のエピソードとして伝え聞いていたのだった。

エッセイの中でも現在は、日本リーグ時代、さらにはJリーグの開幕時の木村和司の当時の動向が振り返られている。日本リーグ晩年、国内日本人プレーヤーでは、最初の本格的なプロ契約選手だったことは知っていたが、Jリーグ発足を前の様々なクラブからのオファーや、マリノス残留を決意するまでのいきさつは興味深い内容だ。青・白・赤のユニフォーム以外を切る可能性もあったことや、「神様」ジーコについても語っている。Jリーグでは実働2年程度で現役を終えたと記憶しているが、背番号10を背負い続け、あの華々しい雰囲気の中行われた読売ベルディとの開幕戦や、その後のリーグ戦においても、重みのあるプレーを披露し続け、スターとしての輝きを放っていた。

後年、元日本代表のラモス瑠偉は木村和司が選手として、「ドーハ」のピッチに必要だったとコメントしていた。素人目に観ても現実的とは言い難い、盟友の言葉ではあったが、何故か空想で木村が「あの場所」にいる姿を想像してしまう。非現実的なことさえも思い浮かべてしまうほど、木村和司というプレーヤーの存在は別格だった。

時代は移り、技術的には比較にならない程に進化した現代の日本サッカー界ではあるが、木村と同じ様に大きな夢を描かせる、そんな選手は果たしてどれだけいるだろうか。(佐藤文孝)

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天才・武藤敬司、薄れぬ存在感と団体の未来。

入場時の『HOLD OUT』が、ビッグマッチの雰囲気をさらに際立たせていた。

2月12日のプロレスリングNOAH日本武道館大会で、武藤敬司が潮崎豪を降し、三大メジャー団体のタイトル制覇となるGHCヘビー級王座を獲得した。試合時間は29分32秒、フランケンシュタイナーで3カウントを奪っている。団体の至宝でもあるベルトを手にしたことで、華々しいキャリアに、新たに勲章が加わったことになる。

さらにサプライズが続く。その3日後、新チャンピオン・武藤敬司のNOAH入団が発表された。フリーとしての立場で参戦が続いていたが、次戦からは団体所属選手として、リングに上る。まさに、20年前の古巣新日本退団からの全日本移籍を思い出させるほどの、強烈なインクトが感じさせる電撃入団だった。

知名度、存在感は58歳の今でも相変わらず、未だ業界NO.1といっても過言ではないだろう。また、画面を通して観る限りでは、タイトルマッチ時の体つきはまるで年齢を感じさせなかった上、対戦相手の潮崎より一回り大きく見えるほどだった。団体トップレスラーとして君臨することには、ほぼ、問題となる要素は見当たらない。

だが、ベルト獲得となった試合の最中、ムーンサルトプレスを敢行すべくコーナーに登るも、思い止まったシーンが象徴する様に、かつての動きを求めることは不可能であることも確かだ。膝の動きが鈍く、グラウンド時の流れがスムーズでなかったことや、全体的な試合運びでも、技の一つ一つが単発で繰り出されていた印象を受けた。

今後、NOHAにおける「強さの象徴」杉浦貴や、金剛の総帥・拳王など、楽しみな対戦は尽きない。だが、両ひざの状態や、コンディション維持などにもかなりの神経を使うことは確実であり、常時出場ではなくビッグマッチ限定でリングに上がることも予想される。2年契約との発表だが、契約満了を迎えることには60歳を過ぎていることになる。他のレスラーとは同じ目線で、この先の武藤を見続けることはやはり難しい気がしてならない。

また、58歳にヘビー級のベルトを奪われた前王者・潮崎のリベンジや若手レスラーたちの奮起にも大きな期待が集まる。特に、返し技でもあるフランケンシュタイナーからの3カウントで敗れた潮崎のベルト奪還は、一刻も早く、成されなければならない。名勝負ではあったものの、試合直後の表情は敗れたもののそれではなかった。豪腕を磨き、自らの力でもう一度、ベルトへの挑戦権を引き寄せ、レジェンドを完膚なきまでに叩いて再びベルトを巻いたその時こそ、NOAHという団体の本当の意味での底上げに繋がっていく。(佐藤文孝)

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氷上の奇跡、眩い五輪の記憶②

アイスホッケーというスポーツの魅力を存分に感じることが出来ることも、映画『ミラクル』の大きな特徴の一つだ。物語のクライマックスである五輪準決勝、対ソ連のゲームではまさにアイスホッケーの持つスピード感、激しさ、緊張が伝わってくる。

繰り返し表現されている互いのフィジカルチェックは、演技とは到底思えない程のまさに体と体の「衝突」だ。また最終ピリオド、静寂の中でのフェイスオフシーンは、両チームのプレーヤーの鼓動が聞こえてきそうなほどの緊張感と共に描かれている。

さらに、相手のファウルによりパワープレイ(数的優位)のチャンスを掴むと、アメリカチームは高い得点力を発揮するセット”コーンヘッズ“をリンクに送り、狙い通りに得点に結びつける場面は痛快であり、相手との接触でゴーリーがしばらく起き上がれず、ダメージの回復を待ちながら立ち上がる姿は、実際のゲーム同様、息をのんで見守ることとなる。

何より、打倒ソ連という「悲願」を実現させた選手、監督、コーチ、観客の試合後の一体感は、まさに観ているもの自身も、映画の中の歓喜の渦に引き込まれたような感覚さえ憶えてしまうほどだ。1980年冬季五輪レークプラシッド大会での「ミラクル・オン・アイス」は、この映画により後世まで色濃く伝えられることだろう。

また、アメリカアイスホッケーチームがこの時の快挙を再現させるべく、金メダル獲得を狙ったのが2002年のソルトレークシティ大会。聖火最終点火者のみならず、指揮官はレークプラシッド大会と同じく、ハーブ・ブルックスが率いた。また、大会日程が1980年大会同様に、2月24日が決勝戦に設定されたことなども含め、前年の同時多発テロにより大きな傷を負ったアメリカ合衆国を立ち上がらせるべく、アイスホッケーでの頂点へ向かう意気込みが表されていた。

プロ選手参加が認められて2大会目となったソルトレークでは、アメリカはフィンランドを6-0と一蹴すると、その後も無敗で勝ち進んだ。準決勝ではやはり宿敵ロシアを迎え撃ち、激闘の末3-2で勝利。「奇跡」への期待が膨らんだものの、ファイナルではアイスホッケー王国・カナダに2-5で屈し、金メダル獲得はならなかった。

それでも、アメリカ国民の期待を背負い、威信を賭けた戦いを繰り広げた一連のプロセスからは、スポーツの、オリンピックという舞台のリアリティを味わうことが出来た。そして、その雄姿は永遠に語り継がれていくこととなるはずだ。

オリンピックはどの時代も、選手たちの美しい記憶と共に、残り続けていかなければならない。(佐藤文孝)

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氷上の奇跡、五輪の記憶①

映画「ミラクル」は、1980年冬季五輪のアイスホッケーアメリカ代表が題材となっている。2月が訪れると毎年の如く、無性にそのストーリーを追いたくなるのだ。

大学生で構成された米国代表チームが、当時、世界最強であり無敵を誇ったソビエト代表を、自国開催の五輪の舞台で打ち倒した「氷上の奇跡」が描かれている。指揮官であるハーブ・ブルックス(カート・ラッセル)が若きプレーヤーを徹底的に鍛え上げ、チームが一つにまとまっていく。スポーツドラマには有りがちな内容にも思えるが、実話を基に語られているだけに、時代背景や、試合描写が、物語に厚みを加えている。

1980年のレークプラシッド五輪では、大会前よりソ連が圧倒的な金メダル候補だったことに対し、アメリカは「恥をかかない」結果を求められていた。後に、永遠に語り継がれていく大会結果は、戦前にはまるで想像すらされていなかったことが、幹部同士のミーティングの中で綴られている。また、ソ連が当時のNHL選抜を大差で破っていたことや、五輪開催3日前に米国と試合を行うという、現在では考えられない事実も、この映画を観て知ることが出来た。他にも、直前までソ連がこの冬季五輪への選手派遣を決めかねていた様子も組み込まれていて、混迷を極めた冷戦時代を背景に、政治に塗れ、この数か月後に訪れる「世紀のボイコット」の予兆がしっかりと読み取れる。

2002年のソルトレークシティオリンピックの開会式、聖火最終点火者として、レークプラシッド五輪代表だったマイク・ウルジオーニ、そしてチームメンバーが姿を現しトーチを受け取っている。アイスホッケー競技金メダル獲得を通じて、前年の「9・11」で失墜したアメリカの強さの復活への希望が託されていたことは明らかであり、揺るぎない「スポーツの力」を感じずにはいられない演出だった。

映画の中では、人物の表情も豊かに映し出されている。ブルックスは、いくつもの「顔」を使い分け、選手の意識、意欲を高め続けた。大会中、スウェーデンとの試合の最中、試合内容に不満を抱くと、控室で机をひっくり返したうえ、打撲で負傷したプレーヤーに対しては、侮辱の言葉を敢えて投げかけ闘志を掻き立てるシーンがある。選手は殴り掛からんばかりに立ち上がり食って掛かるも、ブルックスがさらに上回る大声を張り上げぶつかり合う場面は、観ているものの気持ちさえ奮い立たせる。反対に、宿敵となるソ連チームの監督、選手の表情は、終始、冷徹な顔つきが変わらず、まさにロボットのような冷たさが伝わる。

だが、五輪4連覇中だったソ連も、激闘となった米国との準決勝の試合後、その無表情が崩れるシーンがある。一気に人間味が浮き彫りになる、隠れた見どころと言える一瞬かもしれない。(佐藤文孝)

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大谷翔平、「2刀流」の未来とは。

アメリカ・メジャーリーグ、エンゼルスの大谷翔平が、2年総額850万ドルで契約合意に至った。米球界での年棒決定における調停に持ち込まれる可能性もあったものの、直前で回避されたという。独特のシステムの中での契約合意ではあるが、一先ず、今シーズンもメジャーを舞台にした「2刀流」が観られることが決まった。

2018年にメジャーに渡り、4シーズン目を迎える。日本でのキャリアも数えると、今季が9年目のプロ生活となる。26才、すでに充分な中堅プレーヤーだ。日本ハムファイターズ入団1年目より打者、投手の両方をこなすという仰天プランを課せられながら、投打で実績を積み、自身の目標であり夢でもあったメジャー移籍を実現させた。今後もさらに、夢の舞台で華やかな活躍をみせ続けてくれることを多くのファンは強く、望んでいる。

ただ、だからこそ歯がゆさも感じ続けている。

現在、世界中で唯一人とも言える、シーズンを通しての2刀流というスタイルは、言うまでも無く身体への負担も大きく、怪我のリスクが伴う。これまでのプロでの8年間のうち、投打で主力として「完走」したシーズンは半分の4シーズン程だ。日本では3年連続二桁勝利を挙げた翌年の2017年は開幕当初より左太ももを痛め登録抹消、2ヶ月以上、戦線から離脱している。また、メジャーでは初年度に新人王を獲得しているものの、シーズン終了後にはトミー・ジョン手術を行なっており、エンゼルスでの3年間で投手としての登板は計12度だけと、故障の影響からプレーの機会が制限されている感は否めない。

昨シーズンより「Two-way player」がルールとして定義されるなど、大谷の二刀流としての功績は、日米のファンに大きな夢を与えてきた。だが、絶大なインパクトと引き換えに、幾度となく故障を重ねてきていることも事実だ。今後、年齢と共に、さらに身体への負担が大きくなっていくことも考えられる。

メジャーでのさらなる活躍も望みつつ、この先のプレースタイルを見つめなおす時期も訪れるだろう。投手、野手、たとえどちらか一方でのプレーを選択する時が来たとしても、ファンは受け容れる筈だ。個人的には、スラッガーとして快音を放ち続け、年間本塁打記録である73本を塗り替えるシーンを期待し、想像を膨らませている。

どんなに強靭なプレーヤーでも選手生命は無限ではない。そう遠くない未来、「二刀流」以外の可能性も視野に入れる必要もあるはずだ。野球ファンにとって、大谷の姿をスタジアムで観られることが何よりも幸福なことなのだから。(佐藤文孝)

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2021年アルビレックス新潟、クラブ史における転換期の予感。

高知キャンプ中のアルビレックス新潟の仕上がりが気になる。

今月7日にはJ3カマタマーレ讃岐との練習試合(45分×3本)が行われた。本間至恩が2アシストを決めるなど、3-0で勝利を挙げたというニュースも目にしている。自身のゴールこそ無かったものの、「やっと結果を出せたので良かった」とコメント。アルベルト監督は「本来のレベルからするとまだ4割くらい」と、今後さらに状態を上げていける期待ともとれる感想を述べている。

大黒柱と表現しても過言では無い、背番号10の活躍ぶりが伝えられると、やはり安堵感を憶える。他にも、FW鈴木やDF藤原、MF高といった新戦力の名前も聞かれ、27日の開幕がさらに楽しみになってくる。

そして、キャンプ情報の内容として、今年のキャンプが例年と異なる点が一つ。現時点において、新外国人選手の存在が無いことだ。世界の情勢により様々な事情があり、多くのクラブも同様ではあるものの、アルビレックスがJリーグ参入以降、恐らく初めてではないだろうか。

長年にわたり、無名とも言える選手が目覚ましい活躍をみせるなど、「優良外国人」を見出すクラブとして、今ではJリーグ全体にも知れ渡っている程だ。鹿島でも活躍中のレオシルバや、かつて浦和にも在籍したラファエルシルバ、エジミウソンなどはリーグ屈指のプレイヤーとなるなど、新潟を経て、上位クラブへと羽ばたいたプレイヤーも少なくない。また、一昨年シーズンは「新潟のお家芸」と評し、クラブは開幕前より6人もの外国人選手を獲得している。戦力の中心を外国人選手が担っていたことも、新潟というクラブの大きな特徴の一つとも言えた。

今シーズンはクラブが表明している通り、日本人選手中心で開幕を迎える。現在、登録されている外国人プレイヤーは昨季より所属しているG・ゴンザレスのみ。毎年の様に、新外国人選手の情報がキャンプの中での大きな話題となってきたが、今シーズンはこれまで以上に、多くの日本人選手の名前が聞こえるようなキャンプを送ってくれることを願いたい。本間のみならず、さらにチームの中心となれるプレイヤーの出現はもちろん、これまで、外国人選手の役割となっていたフィニッシュのシーンを演出できる日本人選手の出現が求められる。

これまでとは、大きく違う状況で戦うこととなるであろう今シーズンだが、昇格が絶対的な目標であることには変わりはない。いずれにせよ、今年はアルビレックス新潟というクラブにとって、大きな転換期とも言える一年になる予感がする。(佐藤文孝)