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25年前の五輪での衝撃 伝説のチャンピオン モハメド・アリ

1996年7月19日。アトランタ五輪の開会式、聖火最終点火者として、聖火台最上段の暗闇の中から、一人の黒人男性が姿を現した。

「モハメド・アリです」

右手に聖火のトーチを持ち、左手が揺れ続けている。最終点火者の名前を伝えるNHK山本浩アナウンサー(当時)の実況の声からは、異様な重みが感じられたような気がした。

通算61戦56勝37KO、5敗。後年、偉大なるヘヴィー級ボクサーの軌跡を辿るVTRなどをみる限り、どこでどんな負け方をしたのかと思えるほど、「5敗」の文字から違和感を覚えてしまう。純粋にアスリートとしての強靭さ、ボクサーとしての強さを備えながら、計り知れないメンタルのタフさ。1960年代後半には、ベトナム戦争への徴兵を拒否したことで、当時保持していたヘビー級王座をはく奪され、リングに上がる権利さえも奪われている。

その後、実に3年7ヶ月にわたって、試合出場が許されなかった。自身の絶頂期での3年以上、実戦を行なえない屈辱、苦悩。ボクサーとしてだけでなく、競技者であれば選手生命が絶たれても不思議ではない窮地だと言えるはずだ。

1971年3月の復帰後初戦、生涯初となる敗北を喫するも、その3年後に王座返り咲きを果たす。「キンシャシャの軌跡」。世界中のスポーツ界で永遠に語り継がれるベストバウトだ。

伝説の男はアフリカ・ザイールでの王座奪還だけでなく、数えきれない程の奇跡を起こしたことは間違いない。プロ転向前には1960年のローマ五輪で金メダルにも輝く。だが大会から帰国後、ある理由により金メダルは自身の手によって川へ投げ捨てたという。だが、そのメダルはオープニングセレモニーで衝撃を与えた後の自国開催の五輪、バスケットボール競技の試合前に、持ち主のもとへと返還されている。

モハメド・アリは一人のアスリートとしてだけでなく、政治にも翻弄された「伝説のチャンピオン」だった。

現在、日本国内では聖火リレーが行われてはいるものの、オリンピックの開催を望む声は殆ど聞こえてこない。開催、中止を議論する時期は過ぎているのかもしれない。だが世論と、政治との間に深すぎる溝が生じたままの現状で、果たして平和の祭典は開催されるべきなのだろうか。(佐藤文孝)

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名将たちの英断 人間としての決断はこれからも。

EURO2020の開幕が今月12日に迫っている。すでに各国とも代表メンバーが発表されており、熱戦に向け、想像が膨らみ続けているファンも多いだろう。

先月末に発表され、「サプライズ」として伝えられたのが、フランス代表デシャン監督の『決断』だった。今回のEUROでも優勝候補のフランスを率いるデディエ・デシャンは、2015年にチームメイトを恐喝し逮捕され、代表を追放されていたカリム・ベンゼマをEUROのメンバーに招集した。キリアン・ムバッペなど豊富なタレントを擁し、2018年ロシアW杯に次ぐタイトル獲得を目指すチームの一員として、確執も叫ばれているストライカーに再び、レ・ブルーのユニフォームを纏わせることとなった。

ピッチ上の結果が楽しみなのはもちろん、人間としての過去の経緯を度外視し、結果を追い求める。そういったアスリートとしての『覚悟』は、ダイレクトにスポーツファンの心を震わせる。

同様のシチュエーションは、どのジャンルでもみられた。そして、迎えた結末が決して思わしいものではなかったケースも。

1995年、F1開幕直前まで名門マクラーレンチームはシートの一つを埋められずにいた。ビッグネームを求めるスポンサーとの意向もあり、名将ロンデニスは、自身が望むドライバーにステアリングを握らせることが出来ずにシーズンオフを過ごす。

開幕前、決断は下され、ナイジェル・マンセルをチームに迎え入れることとなった。トップチームのシートを得たい元王者、そして周囲を納得させなければならないという苦悩を抱えた名将。ライバル関係だったことも去ることながら、長きにわたり不仲が公然のものとなっていた両者の歩み寄り。「ナイジェルの良い部分に目を向けることにした」ロンデニスの言葉だった。

だが、結末はあっけないものに。開幕戦ブラジルGPにマンセルの名前は無かった。「マシンが自分に合わなかった」という理由により、闘わずして関係は終わりを迎えている。

人間である以上、結果を重要視することは当然のことではある。だが、それ以前に、様々な決断を行いながら、物事のプロセスは通がれて行く。デシャンがベテランストライカーを呼び戻した事はどのような結果に繋がるのだろうか。ロン・デニスが名門を率いる将としての苦悩の末、元チャンピオンと手を結んだことは、果たして、間違いだったのだろうか。いずれにせよ、人間であるが故の『英断』だったことは間違いはない。見えてもいない結果に怯えていたら、人は一歩を踏み出せないのだから。

2021年の6月も3日目の朝を迎えた。様々な決断を行うであろう、新たな1ヶ月はもう始まっている。(佐藤文孝)