カテゴリー
未分類

25年前の五輪での衝撃 伝説のチャンピオン モハメド・アリ

1996年7月19日。アトランタ五輪の開会式、聖火最終点火者として、聖火台最上段の暗闇の中から、一人の黒人男性が姿を現した。

「モハメド・アリです」

右手に聖火のトーチを持ち、左手が揺れ続けている。最終点火者の名前を伝えるNHK山本浩アナウンサー(当時)の実況の声からは、異様な重みが感じられたような気がした。

通算61戦56勝37KO、5敗。後年、偉大なるヘヴィー級ボクサーの軌跡を辿るVTRなどをみる限り、どこでどんな負け方をしたのかと思えるほど、「5敗」の文字から違和感を覚えてしまう。純粋にアスリートとしての強靭さ、ボクサーとしての強さを備えながら、計り知れないメンタルのタフさ。1960年代後半には、ベトナム戦争への徴兵を拒否したことで、当時保持していたヘビー級王座をはく奪され、リングに上がる権利さえも奪われている。

その後、実に3年7ヶ月にわたって、試合出場が許されなかった。自身の絶頂期での3年以上、実戦を行なえない屈辱、苦悩。ボクサーとしてだけでなく、競技者であれば選手生命が絶たれても不思議ではない窮地だと言えるはずだ。

1971年3月の復帰後初戦、生涯初となる敗北を喫するも、その3年後に王座返り咲きを果たす。「キンシャシャの軌跡」。世界中のスポーツ界で永遠に語り継がれるベストバウトだ。

伝説の男はアフリカ・ザイールでの王座奪還だけでなく、数えきれない程の奇跡を起こしたことは間違いない。プロ転向前には1960年のローマ五輪で金メダルにも輝く。だが大会から帰国後、ある理由により金メダルは自身の手によって川へ投げ捨てたという。だが、そのメダルはオープニングセレモニーで衝撃を与えた後の自国開催の五輪、バスケットボール競技の試合前に、持ち主のもとへと返還されている。

モハメド・アリは一人のアスリートとしてだけでなく、政治にも翻弄された「伝説のチャンピオン」だった。

現在、日本国内では聖火リレーが行われてはいるものの、オリンピックの開催を望む声は殆ど聞こえてこない。開催、中止を議論する時期は過ぎているのかもしれない。だが世論と、政治との間に深すぎる溝が生じたままの現状で、果たして平和の祭典は開催されるべきなのだろうか。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

名将たちの英断 人間としての決断はこれからも。

EURO2020の開幕が今月12日に迫っている。すでに各国とも代表メンバーが発表されており、熱戦に向け、想像が膨らみ続けているファンも多いだろう。

先月末に発表され、「サプライズ」として伝えられたのが、フランス代表デシャン監督の『決断』だった。今回のEUROでも優勝候補のフランスを率いるデディエ・デシャンは、2015年にチームメイトを恐喝し逮捕され、代表を追放されていたカリム・ベンゼマをEUROのメンバーに招集した。キリアン・ムバッペなど豊富なタレントを擁し、2018年ロシアW杯に次ぐタイトル獲得を目指すチームの一員として、確執も叫ばれているストライカーに再び、レ・ブルーのユニフォームを纏わせることとなった。

ピッチ上の結果が楽しみなのはもちろん、人間としての過去の経緯を度外視し、結果を追い求める。そういったアスリートとしての『覚悟』は、ダイレクトにスポーツファンの心を震わせる。

同様のシチュエーションは、どのジャンルでもみられた。そして、迎えた結末が決して思わしいものではなかったケースも。

1995年、F1開幕直前まで名門マクラーレンチームはシートの一つを埋められずにいた。ビッグネームを求めるスポンサーとの意向もあり、名将ロンデニスは、自身が望むドライバーにステアリングを握らせることが出来ずにシーズンオフを過ごす。

開幕前、決断は下され、ナイジェル・マンセルをチームに迎え入れることとなった。トップチームのシートを得たい元王者、そして周囲を納得させなければならないという苦悩を抱えた名将。ライバル関係だったことも去ることながら、長きにわたり不仲が公然のものとなっていた両者の歩み寄り。「ナイジェルの良い部分に目を向けることにした」ロンデニスの言葉だった。

だが、結末はあっけないものに。開幕戦ブラジルGPにマンセルの名前は無かった。「マシンが自分に合わなかった」という理由により、闘わずして関係は終わりを迎えている。

人間である以上、結果を重要視することは当然のことではある。だが、それ以前に、様々な決断を行いながら、物事のプロセスは通がれて行く。デシャンがベテランストライカーを呼び戻した事はどのような結果に繋がるのだろうか。ロン・デニスが名門を率いる将としての苦悩の末、元チャンピオンと手を結んだことは、果たして、間違いだったのだろうか。いずれにせよ、人間であるが故の『英断』だったことは間違いはない。見えてもいない結果に怯えていたら、人は一歩を踏み出せないのだから。

2021年の6月も3日目の朝を迎えた。様々な決断を行うであろう、新たな1ヶ月はもう始まっている。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

止まらない新潟、オレンジと青の躍進

8勝2分け。開幕から10節を終えて未だ負けなし。今シーズンのアルビレックス新潟の序盤での成績を予想できたファンはどれほどいただろうか。初めてJリーグに参入した1999年以降、大型連休を前に、ここまでの躍進を続けているシーズンは初めてだ。

これまでの戦いの中で各ポジション、ほぼレギュラーが固定されてきており、その中でもチームの「核」として戦術の中心を担う選手が何人もいることが頼もしい。

今季から新潟に復帰した千葉和彦の存在感は絶大だ。DFラインに位置し、チーム全体をコントロールする「王様」を見事なまでに演じている。元々、中盤の選手だっただけに、ボールの散らしにも長けていて、長短のパスで決定的なシーンも作り出している他、開幕戦でのチーム初ゴールや、栃木戦のロスタイムでの同点弾など、劇的なゴールも挙げている。

中盤の高宇洋は背番号8を纏い、かつてのレオ・シルバを彷彿とさせる動きでミッドフィールドを支配している。対人でのボール奪取やスペースを消す動きなど、ズバ抜けたサッカーセンスを披露している。運動量を擁しながらも、中盤でスタメンフルタイム出場を続けている。また、受けたカードも10節終了時では「0枚」だ。

さらにフルタイム出場を続けるのはもう一人、2年目のGK阿部航斗だ。絶え間なく、最後尾までパスを繋ぐ戦術において、求められる役割をきっちりとこなしてきている。大げさではなく、セービングの場面よりもPAの外に出て、足元でボールを受けるシーンのほうが目立っている程だ。昨年の主力だった藤田一輝に競り勝ち、レギュラーを掴んだ事実も、成長度合いの大きさを感じさせる。

また、レギュラーメンバーのみならず、サブに控える選手たちがピッチに送り込まれても、それぞれが同じ働きが充分に出来ることも、今季のアルビを象徴する一面であることは間違いない。

前節では舞行龍ジェームズに代わり早川史哉が、島田譲のポジションには今季初スタメンのゴンサロ・ゴンザレスが入り、それぞれがレギュラーと変わらぬ動きで2-0の勝利に貢献、今季5度目のクリーンシートを演出している。第5節、7-0で快勝した対東京ヴェルディ戦のTV中継でのアン・ヨンハ氏のコメント「誰がピッチに立っても遜色ない」。まさに、顔触れが変わっても、同じクオリティを保ち続ける2021年のアルビを一言で表していた。

5月からは1日のジェフ千葉戦から始まり、大宮、松本と、J1経験クラブとの戦いが続く。後半には琉球、京都との連戦も控えており、さらに戦いは熱を帯びて行く。もう少しTVでの観戦が続きそうだが、それでも面白さは存分に伝わってくる。観ていて楽しい、心が躍る2021年のアルビレックス新潟のサッカー。オレンジと青の快進撃は、ここからまた、始まる。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

プロ野球 開幕から1週間後の先発マウンド。

開幕から1週間が経過したプロ野球。4月3日の金曜日のナイトゲーム6試合は、各チーム先発投手に興味深い名前が並んだ日となった。

九つの球団がローテーションを一回りして、開幕マウンドに登ったエースの登板となった。二度目の先発登板となった各チームの『顔』は、それぞれが好投を繰り広げた。

ヤクルトの小川、広島の大瀬良は共に試合終盤まで相手打線を0に抑え、ゲームを作りチーム、そして自身の勝利に結びつけている。また、両投手とも、打線の援護がままならない中で接戦を投げ抜いた、エースらしい投球内容となった。

対照的に、好投するも白星を手に出来なかったのは阪神・藤浪、DeNA・浜口。藤浪は6回を1失点でマウンドを救援に託すも、8・9回で5点を奪われ、チームは逆転で敗れた。浜口も6回2失点と投げ抜くも、打線が3安打に抑えられ、勝ち投手の権利を手に出来ずに2度目の先発登板を終えている。大瀬良、さらには中日の福谷との『開幕投手対決』となった二試合は、実際の内容以上に引き締まったゲーム展開に感じられた。

開幕で勝利し、二度目の先発となったこの日も勝利を挙げた唯一の投手が楽天の涌井。ベテランの今季2度目のマウンドも、やはり安定感をみせ、バファローズ打線を相手に7回を投げ5安打、9個の三振を奪うなど無失点で2勝目を挙げている。昨年の復活、飛躍を遂げ、今季もさらに大黒柱としての安定感を増していることは確実だ。試合後のお立ち台では終始、打のヒーローとなった鈴木大地を持ち上げるコメントを発し、チームの雰囲気の良さもうかがわせていた。

巨人、日本ハムの2球団は、今季に懸ける両投手の先発となった。巨人は605日ぶりの先発マウンドとなった野上。アキレス腱断裂を克服してから初の登板となったこの日の内容は6回を投げ抜き2失点。巨人移籍後、期待が大きかったものの、これまで通りの役割を果たせずにいたベテランは、充分に存在感をみせた。背番号23が今季こそ、ジャイアンツのローテーションの一角を掴めるか。

入団3年目の日本ハム、吉田輝星も「今シーズンこそ」の期待を背負い、ロッテ戦で今季初登板。だが、2回7失点。チームも計16失点で敗れた。一軍定着、先発ローテーション入りはまだまだ遠い先であり、日本ハムとしても投手陣立て直しが急務であることも実感させられた、散々なゲーム展開となった。

対するロッテは開幕のマウンドに登った二木が先発。こちらは今季初勝利を手にした。井口監督に志願しての開幕投手から一週間後、その自信通りのパフォーマンスでチームの2勝目に貢献している。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

サッカー日韓戦 日本快勝も、眠れる虎は牙を磨く

日韓戦。久しぶりに、その言葉の響きがサッカーファンの心を揺らした。

3月25日、日産スタジアムで国際親善試合、日本代表対韓国代表の試合が行われ、ホームの日本がおよそ10年ぶりとなったベスト(海外勢を含んだ)メンバー同士のAマッチを制した。

前半17分、フル代表初出場となった山根のゴールで先制すると、その10分後には鎌田大地、さらに後半38分にはセットプレーで遠藤航がゴールを決め、3-0で日本が勝利を手にした。

今回のゲームでキャプテンを務めた吉田麻也は「日韓戦はある意味、W杯よりも大事な試合」と語っていた。そして入場時からの険しい表情は、その言葉通り試合への決意が表れていた。

主力選手が試合後に涙をみせた、アメリカW杯アジア最終予選で勝利して以降、共にアジアのトップとして「互角のライバル」としての関係性が築かれてきたサッカー界においての日本、韓国の両国。通算80戦目となった今回のAマッチでの勝利により、より日本の優勢が印象付けられたかもしれない。だが、今回、さらには同じく海外勢もメンバー入りした10年前の札幌での勝利も、あくまでも親善試合だ。幾度となく強さを発揮してきた「タイトルマッチ」での韓国に勝利しない限り、手放しでは喜べないだろう。

思い出されるのは、今もなお、痛恨の歴史だ。

ドーハでの勝利の翌年、広島で開催されたアジア大会ではベスト8で両国がぶつかり、地元開催で優勝が至上命題となっていた日本を韓国が3-2で降している。また、フランス杯アジア最終予選でも、圧倒的に日本が有利とみられていたホームでの試合だったが逆転で韓国が勝利し、日本は屈辱を味わうとともに、予選突破への希望を一気に見失う結果に。

さらにA代表のみならず、五輪世代の戦いでも繰り返し、辛酸を舐めさせられている。前園、城、川口らの活躍で五輪切符を掴んだアトランタ五輪最終予選、決勝では接戦を演じるも1-2で韓国の前に屈している。また、記憶に新しい、2012年ロンドン五輪では3位決定戦を争い、ここでも0-2で力負けで涙をのみ、銅メダルをさらわれてしまった。3年前のジャカルタアジア大会でも、決勝で金メダルを争うも、ソン・フンミン、イ・ウンスといったオーバーエイジに率いられた韓国が勝利への執念をみせ、延長の末、2-1で勝利、ここでも頂点の座には韓国が君臨した。

大会や予選などを通しての極めて重要なゲームでは尽く、日本の前に立ちはだかってきた韓国代表。先日の敗戦は親善試合のワンマッチとはいえ、韓国国内でも大きく取り上げられていると伝えられている。だからこそ、隣国の「虎」はその牙をより鋭利に磨き始めているはずだ。無論、次の日本との対戦を見据えて。日本と韓国の次戦、可能性があるとするならば、2022年カタールW杯最終予選か。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

2年目の飛躍へ、奥川恭伸に求められる勇気

「悔いが残り納得が行かない」

3月14日、オープン戦で初先発した東京ヤクルトスワローズ奥川恭伸の試合後のコメントだ。予定していた3回を投げ切る前にマウンドを降りたことへの、正直すぎる感想を吐露している。

初回の立ち上がりで3失点、その後は2回を3人で打ち取るも、3回は安打と四球でランナーをためたところで交代を告げられている。あとアウト一つがとれず、本人のみならず観ている我々ももどかしさが残る結果となった。

この日浮き彫りとなった課題は、ボールのキレやコントロールではなかった。既に伝えられているように、打者の内角へのボールがみられなかったこと、それにより投球の幅を狭めてしまっていた。捕手のリードにもよる部分は大きいとはいえ、終始、球筋は真ん中から外を辿り、結果としてドラゴンズ打線に狙いを定められることに。初回の平田のライトへの本塁打や、3回の高橋、ビシエドの連打といった打ち込まれたシーンはもちろん、アウトに取った打者に対しても、易々とバットに当てられていたように感じられた。

特に象徴的だったのが、根尾昂との対戦の場面。最後はセンターフライに打ち取るも、そこに至るまで敬12球を投げ、追い込んだ後もをファウルで粘られている。ここでも真ん中付近のコースばかりで、幅の狭い中での投球となった為、打ち取るまでに球数を擁してしまっていた。ストレートで押し続け、球威では勝っていたものの、「仕留めきれない」印象が強く残る投球内容だった。

もちろん、インコースへのボールが殆どみられなかったことは、奥川本人も課題として身に染みているはずだ。それ故の悔しさに溢れた冒頭のコメントであり、次回登板では間違いなく、広いコースでの投げ分けが行われるだろう。また、ドラゴンズ戦ではストレートの球威は回を追うごとに増していき、スライダー、フォークといった変化球は全て、見事なまでのキレを放っていた。足りなかった部分と言えば、打者の近めに投げ込む「勇気」だけだ。それこそがプロ2年目を戦う若武者が超えなければならない課題だ。そしてその課題をクリアした時、いよいよ潜在能力を存分に発揮できることと、信じたい。

昨年、シーズン最終戦でプロ初登板し、自責点5で完膚なきまでにK.Oされたことは記憶に新しい。だが、既に「プロの洗礼」は充分に受けている。2シーズン目は、さらに多くのチャンスを掴み、結果を残していくだけだ。首脳陣、さらには多くのファンの期待は開幕1軍、開幕ローテ入りへ向けられている。若き「エース候補」、奥川恭伸はその想いに応えるだけの力は間違いなく持っているはずだ。悔しさをバネに、背番号11は更なる飛躍を遂げる。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

チケットと歓声を求めて。2008年、真夏の北京(後編)

北京滞在3日目、お昼頃。「我欲棒球 券」そう書かれた紙を掲げ、野球競技会場周辺に立っていた自分に、大会スタッフと思われる女性が歩み寄ってきた。「すぐに紙をしまい、立ち去るように」そう、声をかけられるものだと身構えていたが、英語で発せられた言葉は、意外な内容だった。

「あなたは日本人ですよね。(転売屋は)きっと、あなたに対して、高い値段で売ろうとします。今はまだ、チケットを買わないほうが良い。夕方、試合開始前に来れば、より安くチケットを購入出来ますよ」

聞き取れた内容は、こんな感じだった。まさか、大会公式スタッフから、ダフ屋に対するアドバイスを受けることとは。驚いたものの、無論、アドバイスを参考にさせてもらうことに。一旦、「チケット求む」を取り下げ、夕方まで時間を過ごすことにした。

その後、やや涼しくなってきた時間帯に再び、同じ場所で紙を胸に、路上で待つ。すぐに強面の大柄な男性が近づいてきた。自分の隣に立つと、持っていたセカンドバックを開き、中身をみせてくれた。そこには数十枚とも思えるオリンピックチケットが。あまりにも「スムーズに」展開が進んだことに驚くも、動揺することなく、お目当てである『野球 日本対オランダ』の観戦チケットを探していることを伝える。男性はチケットの束から「これか?」という感じで、「これ」を取り出した。それだった。値段の交渉に入ると、すぐに電卓だったかで数字をみせられ、その値段で購入することに。定価の10倍程度、さほど安いとも思えなかったが、競技が観られる喜びと、旅先でチケット購入に至るまでのプロセスの興奮により、即断となった。

五課松球技場の鉄骨を組み合わせて作られていた、外野観戦スタンドの真ん中あたりに座った。試合開始前の練習では、ダルビッシュ有や阿部慎之助、田中将大といった当時の代表選手たちが身体を動かしていた。思わず、殆どガラガラのスタンドの前まで移動し、選手たちを見つめる。

そしてホームベース付近では、星野監督や山本浩二、田淵幸一両コーチの姿も。ノックなんかを眺めながら、どこか喉かな雰囲気に包まれていると思われたが、外野スタンド付近に一人のコーチが歩み寄ると、思わず大声を発する。大野豊投手コーチだった。

「大野さん頑張ってくださーい」興奮気味に叫ぶと、我々に笑顔をみせてくれて、声援にも応えてくれた。現役の代表選手達より、コーチに心躍らせたことに違和感を覚えたが、すぐに理解する。子供の頃、巨人戦で力投していた記憶が鮮明に残っているからだった。幼いころのインパクト、その印象は大人になっても消えないと確信した、夢の舞台、オリンピックでの試合前の出来事だった。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

チケットを求めて。2008年、真夏の北京(中編)

メインスタジアム、北京国家体育場は、「近寄ることも有料」と、宿の女主人から聞いていた。大会の目玉の一つでもあった『鳥の巣』を目の当たりにすることはあきらめ、野球競技観戦へ照準を絞る。

宿では、日本人男性二人と同部屋となり、それぞれと五輪への想いなどを話した。年下の大学生の男性は既にサッカー日本代表のチケットを入手したと聞いた。自分も野球を観たいと伝えると、学生さんも野球好きらしく、しばらく野球談議に花が咲いた。もう一人の男性は、自身も水泳選手で鳴らしており、競泳を観に行くとのこと。自身がデザインしたという水泳キャップをプレゼントしてくれた。五輪とは別に、旅先での出会いを楽しんだひと時となる。

この2008年のオリンピックでは、いくつもの波乱が起きていた。日本を発つ直前、女子柔道競技では、大本命だった谷亮子が準決勝で敗れ、3大会連続での金メダル獲得はならなかった。また、中国陸上界最大のスーパースターであり、400mハードル世界王者だった劉翔は怪我を押しての出場だったが、スタートラインに立つも、そのまま棄権という信じられない結末を迎える。後から知ったが、劉翔が棄権した翌日には、その姿が載っている看板を街中から一つ残らず、全て取り外したのだという。現地滞在中の話だったが、そんな出来事にはまるで気付くことはなかった。

滞在3日目、いよいよ、チケット獲得へと動き出す。

お昼頃、バスを乗り継ぎ、野球会場である五課松球技場へと辿り着くと、女主人のレクチャー通りに事を進める。ノートの半紙を貼り合わせ、そこにサインペンで「我欲棒球、券」だったか、観戦チケットを求める旨のメッセージを書き、胸の高さに掲げ、会場への通路の脇に立ってみた。思っていた以上に多くの人々の視線を浴びる。中には、目の前まで近寄られ、紙に書いてある文を読み上げ、立ち去る人もいた。8月の中国、北京の猛烈な暑さの中、五輪会場においてチケットを求め、様々な国の人間から視線を向けられるという、日本での日常生活ではまず味わうことのない、不思議な感覚に覆われていた。

すると、鮮やかな水色と白のデザインのシャツに身を包んだ、女性が近づいてきた。この滞在期間中、北京市内のいたるところで何度も目にしてきた服装、今大会のボランティアだった。

その時の状況は、誰がみても、その行為が正規ルートでのチケット購入ではないことは明らか。すぐに立ち去るよう、注意、警告を受けるのだと、容易に想像が出来た。もちろん、周囲を見渡すと、チケットの売買が行われている様子もちらほら見られ、一斉に取り締まりが始まったものと思ったのだった。万事休す、もはやこれまでかと、一気に緊張が高まった。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

チケットを求めて。2008年、真夏の北京(前編)

夏に開催予定となっている東京五輪2020。それ以前に、同じアジアで行われた夏季五輪は2008年の北京。「Beigin 2008」が、自分にとって、初めて現地で観たオリンピックだった。

北京への航空券は6月頃に購入していたものの、競技の観戦チケットは持たずに、現地へと向かった。当初は、街中で感じるであろう大会の雰囲気を味わえるだけでも、と思いつつも、心のどこかで観戦への淡い期待も持ちつづけていた。

大会が開幕して間もなく、北京国際空港に降り立つ。巨大、という言葉でも足りない程の空港のバカでかさと、施設内のエレベーターから降りてくる係員の人数の多さに圧倒されながらも、バスターミナルへ向かい、宿泊先へ向かう。

バスと徒歩で目的地へと向かった。北京の一角にある、日本人と中国人との夫婦が経営するユースホステルで3泊するスケジュールとなっていて、無事に宿に辿り着く。日本人宿泊客の姿も多く、あちこちで日本語の会話が聞かれる中、宿の壁には日本語の張り紙が。「野球チケット 日本対アメリカ 〇〇〇円!」野球競技のチケットが入手出来るとのこと。宿の女主人からも、「チケットは現地でも購入出来ますよ」と、教えてもらった。購入ルートはともかく、競技観戦の可能性は、日本出国前より格段に膨らんだ。

この北京五輪では、自分の中で大会前より最も関心が高かったのが野球、「星野ジャパン」の戦いぶりだった。初めてプロ選手参加が認められたシドニー、長嶋茂雄監督に率いられオールプロで臨んだアテネと、何れも金メダルに届かず、2012年ロンドンでは野球競技が除外されることも決まっており、北京での金メダル獲得は至上命題となっていた。

また、指揮官である星野監督の「金メダル以外いらない」といったコメントや、エースとして位置づけられていたダルビッシュ有や、四番を任された新井貴浩等のプロ選手たちの顔触れも、多くの野球ファンの勝利への期待を高めていった。

ユースホステル内で見かけた野球チケットの張り紙は日程が合わず、さらに高額だった為、見送ることに。だが、「『チケット』と書いた紙を持ってスタジアムの周辺で立っているべし」と、観戦チケット入手の方法も、宿の女主人がレクチャーしてくれた。なるほど、よく映画なんかでみるあのポーズか。他にも、中国人の旦那さんからは「中国では野球人気は低いから、きっと手に入るでしょう」と励ましの言葉をかけられる。さらに、同じ宿泊客内の「ネットワーク」により、女子ソフトボールの試合チケットが手に入った。

初めて訪れた中国、北京市内の一晩1000円の安宿では目まぐるしく展開が進み、一気に五輪モードへと加速していく。野球日本代表の試合観戦が俄然、現実味を帯びた気がした。(佐藤文孝)

カテゴリー
未分類

西武ライオンズ、豪打復活への期待。

埼玉西武ライオンズは昨季、リーグ3連覇を目指すも開幕から低迷が続き、レギュラーシーズンを3位で終えた。雪辱を期す2021年は、打撃陣での「再生」がキーワードとなるだろう。

今や、新しい「球界の盟主」にまで登り詰めた福岡ソフトバンクホークスに対抗するためには、何よりも主軸の復活が求められる。昨年のチーム打率.238はリーグ5位と、一昨年までと比較して大きく迫力を欠いている。特に、主力打者の多くが不振に喘いだことが深刻だった。

「山賊打線」と呼ばれるほどの破壊力を示してきた打撃陣の中心を担っていた、山川穂高、同じくクリーンナップを構成するベテランの中村剛也が揃って、大きく成績を落としたことが響いたことは間違いない。

山川は昨年6月の開幕時こそ、持ち前の打棒を発揮したものの、夏から秋にかけて快音が聞かれなくなり、10月31日には右足首治療のため登録を抹消されている。そのまま、復帰することなくシーズンを終え、本塁打数24、73打点を挙げるも、打率はリーグ最下位の.205にとどまった。現在行われている春季キャンプでも、負傷の影響から主力組には入らずに調整を行っている。昨年10月以来の実戦となった阪神との練習試合では適時打を放つなど結果を残し「内容を高めていきたい」とコメント。今キャンプでは打撃フォームの変更も行い、今週中には主力組への合流も見込まれている。ペナント奪還のために不可欠な主砲の再起へ向け、シーズンを本格的に見据える段階に入った。

長年にわたりライオンズ「顔」のとして活躍を続け、今季20年目の中村への期待も絶大だ。一昨年は30本塁打を記録、123打点で打点王にも輝くなど、年齢を感じさせない力強さを披露するも、昨シーズンは死球による戦線離脱もあり、9本塁打、31打点と数字は急降下する。新たなシーズンへの意気込みを「キャリアハイを目指す」と語っており、シーズン中で38歳を迎えるも、通算424本塁打を誇る長打力は今なお健在、好調を維持すれば再び打線の主軸となれるはずだ。現在は左ふくらはぎ痛によるリハビリを続けており、月末の2軍キャンプ合流を目指す。

他球団を圧倒し、脅威となり続けてきた西武打線を象徴する存在である、山川、中村の復活なくして、ライオンズのリーグ制覇は考えられない。パ覇者のソフトバンクの強さに対抗するためには、もう一度チームカラーである豪打を取り戻し、打ち勝つ野球を続けていく必要がある。それにより、古くから伝わるライオンズ打線の「格」を後世に伝えることにも繋がっていくはずだ。

リーグを代表するスラッガー2人に率いられ、「令和の野武士軍団」は、今季、再び球界を席巻する。(佐藤文孝)